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村井チェアマンの功績

 

Jリーグのトップとして4期8年に渡り辣腕を振るってきた村井満氏が、3月15日の任期満了をもってチェアマンの座を勇退された。

就任当初の姿と比較すると、もちろん年齢もあるだろうがその苦労が窺い知れる。長年のご尽力に対して「お疲れ様でした」と改めて申し上げたい。

 

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引用元

https://jinjibu.jp/article/detl/keyperson/1098/

https://www.chunichi.co.jp/amp/article/435096

 

一方で、氏の退任に関する記事を読んでいると「2ステージ制の廃止」「DAZNとの大型放映権契約」「コロナとの闘い」といった局面だけを切り取った振り返り記事しか見受けられない。数多あるサッカーメディアはこの8年間一体何を見てきたのだろうか?(宇都宮氏が都度都度その歩みについて記事を掲載しており、個人的に株が上がったが)

2014年 村井改革のはじまり<前編> シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」 - スポーツナビ

Jリーグを変えるデジタルマーケティング 「toC戦略」のキーマンに聞く - スポーツナビ

 

良い事も悪い事も、全て村井チェアマン単独で行った事ではない。ただ、村井体制下でJリーグは大きな進化を遂げてきた。

 

 

 

Jリーグ最大の課題を解決した功績

村井体制で何が一番変わったか?それは経営資源の拡充と言える。

ヒト、モノ、カネ、情報。基礎のキとも言えるこの4つの要素に大きなテコ入れを図ったことが村井氏と近年のJリーグの最大の功績だと個人的に強く思う。

 

就任当初から、Jリーグは「2つの前提と5つの重要戦略」を掲げてリソースを集中投下していった。

2つの前提と重要戦略

前提その1:財政基盤の強化

前提その2:選手育成の強化

戦略その1:魅力的なフットボールの提供

戦略その2:デジタル技術の活用推進

戦略その3:スタジアムを核とした地域再生

戦略その4:アジア戦略

戦略その5:経営人材の育成

Jリーグの改革で描いた「5つの重点戦略」

 

村井チェアマンの就任1年目は入場者数の減少やリーグスポンサーの撤退等、いわゆる「茹でガエル」状態に突入していた時期。かつブラジルW杯での惨敗を契機に当時絶頂を迎えていた日本代表人気にも翳りが見え始めてしまう。

一方でファン・サポーターとの認識の乖離差は埋められず、前任の大東チェアマン体制で決定された2ステージ制導入に対する反発はピークに達していた。

更に(本項では敢えて積極的に触れないが)人種差別問題及びJリーグ初の無観客試合措置と、サッカー畑の外からやってきた村井氏にとって就任当初からとてつもない逆風続きだったことは想像に難くない。

J1各クラブの試合会場での抗議の様子や、NHKサンデースポーツに生出演し説明する氏と紛糾するTwitterのTLや掲示板のコントラストはまだ記憶に新しい。

 

しかしながら、結果として2ステージ制で得た臨時収入を先の重要戦略に対して上手く活用できた事がその後の急成長を呼んだ。以下は2014年の日経新聞からの引用である。

来季からJ1が2ステージ制とチャンピオンシップを導入することで、リーグは10億円の増収を見込む。その増収分を未来に向けた戦略投資として、Jリーグの魅力を伝えるためのデジタル事業と選手育成に毎年、5億円ずつ割くと決めた。

デジタル事業の手始めになるのが、各クラブの公式サイトのプラットフォームの統一化。チケッティング、グッズ類のオンライン販売の決済等を共通で行えるようにし、各クラブのコスト削減、取得できる膨大な顧客データの活用、Jリーグのブランドの統一感の創出を狙う。さらにサイトでの動画配信の強化を構想に入れている。

(サッカー)Jの成長戦略(上)デジタルで攻める: 日本経済新聞

 

"ヒト"つまりは選手、指導者、そして経営人材

"モノ"つまりはスタジアムや練習設備

"カネ"つまりは入場料収入、スポンサー収入、マーチャンダイズ収入、放映権収入

"情報"つまりは顧客情報

 

リーグとクラブを発展させていく上で必要な経営資源を集める為、2ステージ制と引き換えに得た貴重な原資を思い切って集中投下。明確な戦略に基づいた投資はリターンを生んだ。

 

ヒトについては「トラッキングシステム導入「フットパス社による育成組織のスコアリング」「指導者の海外派遣」「育成年代の国外遠征支援や国際大会開催」「JHC(現SHC)の立ち上げ」。

モノについては「スマートスタジアム化支援」「クラブライセンス制度の厳格化」「各ホームタウンや政府へのプレゼンテーション」

カネについては「理念強化配分金の創設」「分配金の増額」

情報については「リーグ公式HPのリニューアル」「オンラインストアのリニューアル」「HPやデジタルコンテンツのプラットフォーム化」「JリーグIDの創設と各パートナー(楽天、Yahoo、LINE…)との協業」「試合映像の制作・著作権の確保」

 

あくまで抜粋であり挙げていくとキリがないが、投資→基盤強化→投資→基盤強化…という新陳代謝が前任までとは比較にならないくらい進んだ。

 

勿論、外部環境の変化も大いにある。DAZNとの大型放映権契約や安倍政権の成長戦略に於けるスタジアムアリーナ改革、過去の体制の遺産など…追い風が吹いた影響は大きいが、それでも前体制の大きな功績であることは間違いない。

安定した財政基盤を得たJリーグ護送船団方式を改め、J1への傾斜配分や思い切った規制緩和を進めると、リーグ全体の投資活動が更に活発化。Mixi・メルカリ・DeNAといったIT企業らの新規参入や、楽天・ジャパネットら既存スポンサーによる巨大な資本投下はJリーグの景色を一気に変貌させた。

並行してJリーグの組織内部にもメスを入れ、各グループ企業の整理に着手。またHPのプラットフォーム化やオンラインストアのリニューアルなどリーグがクラブの仕事を一部集中処理する事で、質の担保と現場の負担軽減を進めた。

Jリーグは生まれ変わる まずは組織の大改革: 日本経済新聞

 

JHC(現SHC)の立ち上げも、残念ながら既存メディアでは触れられていないが大きい功績の一つ。これを契機に他業界からの経営人材の流入が進み、サッカー畑以外からプロフェッショナル人材が加わる事でクラブ経営にポジティブな変化が生まれつつある。

いくらリーグ内部を改革しても、各クラブが自力をつけて成長しなければ爆発的な成長はあり得ない。収入の源泉とも言えるフロント人材の強化・育成は必須であったが、おざなりにされてきた分野。サッカー畑で生きてこなかった、リクルート出身の村井チェアマンだからこその施策と言える。(個人的にはリーグが雇ってクラブへ出向というのもアリだと思っていたが…恩恵を受けるクラブと受けないクラブで不公平感が出てしまうのかもしれない)

またJリーグ経営ガイドの公開も、意義としては方針の公開とサポーターへの"教育"に近いかもしれないが美しいものがある。

 

 

この一連の流れの中で、地方クラブのサポーターを中心に「格差が広まった」と思う人は多いかもしれない。一方でプラットフォーム化や降格クラブへのパラシュートペイメントといったリカバーもあるし、投資を呼び込む規制緩和は地方クラブにも長い目で見れば恩恵は大きい。決して特定のクラブを贔屓する訳ではなく、天井を吊り上げる事で全体的な成長を促していた。村井体制はこの塩梅が絶妙だった様に思う。

チャレンジしてのミスに対して一定の保証措置を行っていたのは、それを良しとする氏ならではか

【解説】10年2100億円をどのように使うのか(1)リーグ価値向上に向けた『競争環境構築』と『セーフティネット整備』 : Jウォッチャー ~日本サッカー深読みマガジン~

 

 

 

 

夢の向こう側に

時に、「周囲の声に耳を傾けない人だ」という評価を目にする事があった。

私はこれを強く否定したい。彼が就任後すぐに行ったのは、各クラブへの訪問とホームタウンの首長への表敬訪問だ。そこで現場の声をヒアリングした結果こそがデジタル化の推進であり、他方で各首長に対してポテンシャルを発揮する為にスタジアムが必要なのだと整備の意義を代弁した。今振り返ると、氏が事あるごとに説く"傾聴力"と、誰よりも愛しているからこその"Jリーグへの自惚れ"が滲み出ている様に思う。

>チェアマンに就任してから、J1からJ3すべてのクラブを回っているのですが、クラブの社長が共通して悩んでいたのがデジタルへの投資でした。それならば重複するのももったいないので、「裏側の共通基盤をJリーグで作りましょう」と提案したら、皆さん合意してくれたという経緯があります。

Jリーグが進めたデジタル戦略と国際戦略 2017シーズンを村井チェアマンが振り返る - スポーツナビ

Jリーグを変えるデジタルマーケティング 「toC戦略」のキーマンに聞く - スポーツナビ

 

この自惚れとヒアリング結果がツキをも呼んだのかもしれない。デジタル化を推進していたからこそ、試合映像の制作・著作権を持ちながら巨額の放映権料を確保できたDAZNとの大型契約という大きな追い風も吹いた。前述の通り財政基盤を固める事ができたJリーグは2ステージ制の早期撤廃と様々な規制緩和へ動くことができ、投資が更なる投資を生んで非連続の成長を実現させた。

 

競争力の低下が叫ばれていた中でJクラブが2年連続でACL制覇。2019年にはJ1リーグが史上初の平均入場者数2万人を記録する。自惚れは、過信から確信へと変わりつつあった。だけどもコロナ禍がこの爆発的な成長に蓋をしてしまった。

 

 

コロナ禍での村井氏の振る舞いは確かに賞賛に値するモノだと思う。

ただ、「2つの前提と5つの重要戦略」からバージョンアップされた「Jリーグビジョン2030」が深化していく様子を一人のファンとしてただただ見たかった。村井体制の総仕上げとも言える、Jリーグの存在意義をより強固なものにする素晴らしい計画だっただけにコロナが憎い。

当座のリーグ・クラブの安定した運営維持の為に今なお制限が掛かっている。どうしようも無い部分もあるのだが、野々村チェアマン体制で遅れをどれだけ取り戻せるかどうかに期待したい。

 

 

良くも悪くもプレゼンテーションやパフォーマンスがべらぼうに上手い人ではなく、それ故にクラブへの制裁やハラスメント問題に対する姿勢で「温い」と取られたり、逆上されてしまったり。

チェアマン室の廃止やフリーアドレスといったオフィス改革同様に、PuBレポートの公開やオウンドメディアでの発信を通じてステークホルダーへの情報公開に努めるなど、"天日に晒す"姿勢も良かっただけに、最後まで一部との溝が埋まらなかった事と適切な評価が得られていないのは残念である。

 

村井チェアマンはサッカー畑の人では無いかもしれないけれど、その分Jリーグが持つ魅力と、社会を変革できるポテンシャルに対する大きな夢と熱意とアイデアを持っている人だった。「シャレン」はその最たる例だろう。打ち手はどれも的確で、筆者がして欲しい事を適時適切にしてくれた。この8年間は驚きの連続だった。

日本が抱えている課題や次の日本を作っていくために必要なことは、すべてスポーツで解決できると思うんです

Jリーグチェアマン 村井満「なぜJリーグはコロナ禍に立ち向かおうとするのか(後編)」…【連載|私たちがJリーグを支える理由 #8】 | サッカーキング

 

何より理屈抜きにサッカーとJリーグを愛している人であった。でないとわざわざ京都みたいな大した人気もないクラブの視察でゴール裏まで来てサポーターと肩は組まない。この人はガチなんだよ。

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できる事ならJFA会長に…なんて思ってしまうが、一先ずは一人の単純なサポーターとして気楽に楽しんで欲しい。いや、それも中々難しいだろうか。

理事としての期間を含めると述べ14年間お疲れ様でした。そして本当にありがとうございました。

 

 

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